大判例

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東京地方裁判所 平成元年(ワ)1949号 判決 1991年7月25日

原告

岩渕時夫

外一名

右原告ら訴訟代理人弁護士

花輪達也

被告

クリシュナ意識国際協会所沢寺院

右代表者代表役員

ジェームス・ガスタフ・アラム

右訴訟代理人弁護士

桃尾重明

兼松由理子

被告

株式会社トラスト

右代表者代表取締役

山下博幸

右訴訟代理人弁護士

木村武夫

主文

一  被告クリシュナ意識国際協会所沢寺院は、原告両名に対し、合計金六二三万九七六〇円及びこれに対する平成元年三月七日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告株式会社トラストは、原告岩渕時夫に対し、金四三六万七八三二円、原告岩渕洋子に対し、金一八七万一九二八円及びこれに対する平成元年三月八日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

三  原告両名のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その六を原告両名の負担とし、その余を被告両名の負担とする。

五  この判決は第一、二項にかぎり、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは連帯して原告に対し、金一四六七万八三五九円及びこれに対する被告クリシュナ意識国際協会所沢寺院は平成元年三月七日から、被告株式会社トラストは同月八日から支払いずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告両名共有の家屋が焼失したことによる損害の賠償を求めるものであるが、被告クリシュナ意識国際協会所沢寺院(以下「被告協会」という。)に対しては、賃貸借契約に基づく債務不履行により、被告株式会社トラスト(以下「被告会社」という。)に対しては不法行為に基づく損害賠償として、その支払を求める。

一争いのない事実等

1  別紙物件目録記載一と二の建物は、いずれも原告岩渕時夫が持分一〇分の七、原告岩渕洋子が持分一〇分の三を有する原告両名の共有物であった。

2  被告協会から別紙物件目録記載一の建物(以下「本件一の建物」という。)の内装工事(以下「本件工事」という。)を請け負った被告会社は、昭和六三年四月八日午後一時すぎ頃、本件一の建物の一階において、被告協会の構成員らと共に、床材の貼り替え工事をしていたところ、右工事現場で焚かれていた石油ストーブの火が床や床材等に塗布されていた接着剤に引火して、床一面から本件一の建物全体に燃え広がったために、右建物は全焼し(<書証番号略>、証人宮澤)、それから五〇センチメートルしか離れていない(<書証番号略>)別紙物件目録記載二の建物(以下「本件二の建物」という。)にも類焼してこれを半焼した(この火災を以下「本件火災」という。)。

3  原告両名は、昭和五八年五月三一日、賃借人名義を金澤伸二として、本件一の建物につき賃貸借契約を締結し、同六一年六月一七日、同じく賃借人名義を金澤伸二とし、期間を満三か年、賃料月額金三五万円、敷金九六万円として更新賃貸借契約書を作成したが、右賃貸借契約締結の当初から本件火災当時に至るまで、被告協会が本件一の建物を使用していた。

又原告両名は本件火災当時、本件二の建物を株式会社世界日報社に賃料月額金一五万一〇〇〇円にて賃貸していた(<書証番号略>)。

4  原告両名は、本件一の建物について大東京火災海上保険株式会社との間で、本件二の建物について共栄火災海上保険相互会社との間で、いずれも火災保険契約を締結していたので、昭和六三年五月二八日に本件一の建物につき金二二七一万三六〇〇円、同年六月四日に本件二の建物につき金五〇九万五〇〇〇円のいずれも火災保険金の各支払を受けることができた(<書証番号略>)。

二争点

1  本件火災発生は被告会社の重過失により発生したために、被告会社が原告両名に対して、不法行為による損害賠償義務を負担するのかどうか。

2  原告両名は被告協会に対し、同被告は原告両名に対して賃貸借契約に基づき善良なる管理者の注意を以て賃貸借目的物を保管すべきところ、これを怠ったために本件火災が発生し、それ故に目的物が滅失しただけでなく、本件二の建物まで失ってしまったのであるから、被告協会は原告らに対して本件火災による損害を賠償する義務があると主張し、同被告は全面的にこれを争った。そこで被告協会が本件一の建物の賃借人であったかどうか(当初からか、または昭和六〇年一〇月ころ金澤から賃借権を譲り受けたかどうか)、賃借人であったとしてその善管注意義務違反によって本件火災が発生したのかどうか、さらには被告協会が借りていなかった本件二の建物の焼失による損害についても、賃貸借契約に基づいて損害賠償責任を負担するかの三点が争点となる。

3  原告両名は、本件火災により焼失した二つの建物を建て替えなければならないところ、そのためには基礎工事と旧建物の残骸の解体工事をしなければならないが、それらの費用は火災保険契約の対象となっていなかったので、被告両名は原告両名に対し、右基礎工事費金五五〇万四六〇〇円及び右解体工事費金三八九万七〇〇〇円の合計金九四〇万一六〇〇円の損害を賠償する義務があると主張した。被告両名に損害賠償義務があるとして、これらの損害につきその賠償を求めることができるか、又その損害額はいくらかが争点である。

4  原告両名は、本件一及び二の各建物の敷地上に、これに代わる建物を建築したが、通常再築に要する平成元年三月末日までの本件一及び二の建物の賃料を取得することができなかった。そこで、その間の賃料の合計額が金五二七万六七五九円となるので、原告両名は同額の得べかりし利益を失ったから、これも損害であると主張した。滅失建物の交換価値のほかさらに建築期間中の賃料をも損害として請求できるかが争点である。

第三争点に対する判断

一被告会社の重過失の有無

証拠(<書証番号略>、被告会社代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。

1  被告会社は、内装工事等を業とするが、被告協会から本件工事を請負い、本件火災発生の当日である昭和六三年四月八日の午前から、被告会社代表者自ら他一名を伴い本件一の建物一階において、本件工事にとりかかったが、請負代金をできるだけ安く抑えるために、被告協会の構成員数名も、これを手伝った。

2  前日に大雪が降り冷え込んでいたこともあって、石油ストーブで暖をとりながら作業をした。作業の内容は、床材であるコルクの板と床一面にきわめて引火性、揮発性が強く第四種危険物に指定されている接着剤「コルタ一〇〇」を塗って、床材を一枚ずつ床に貼り、その上に再び接着剤を塗り、ビニールシートを貼り付けるというものであった。この接着剤の缶の表に「火気厳禁」の表示があった。

3  本件一の建物一階には、その南側の流し台の所に窓が一つだけあったが、その窓を開け、その横の家庭用換気扇を回し、玄関を開けていたけれども、接着剤の臭いが建物内に充満し、風もほとんど通らない状態だった。しかし石油ストーブはずっとつけられたままであった。

4  同日午後一時すぎころ、前記石油ストーブから一メートルほど離れた、接着剤の塗布された床面に、突然、一直線に火が走り、南側の壁に向かって燃えていった。まばたく間に火は燃え広がり黒い煙が建物内に充満したため、作業者全員が避難する他なく消火の手立てはとれなかった。

以上の事実によれば、被告代表者は、内装工事業を専門とする業者であるから、使用していた接着剤が引火性の強い揮発物であることは熟知していた筈である。それにもかかわらず密閉に近い建物内部で、しかも点火中の石油ストーブに近接してこの接着剤を用いるときは、それに引火する危険のあることを容易に予見すべきであった。しかるに何らの対策も講ずることなく、漫然と作業を続けたために本件火災が発生したのであるから、被告会社に重過失があったことは明らかである。

とすると被告会社は原告両名に対し、その持分に対応して、本件火災により被った損害につき、不法行為による損害賠償義務を負担する。

二被告協会は賃借人か

証拠(<書証番号略>、証人早田)によれば次のとおり認められる。

被告協会は、昭和五八年当時、それまで使用していた場所が手狭になったので、それに代わる場所を探していたところ、その信者の一人である金澤伸二が本件一の建物を見つけ、貸主側からも被告協会代表者に対して何度も電話で賃貸借の誘いがあった。そこで、昭和五八年五月三一日、ヨガ教室とその事務所として使用する目的で、金澤伸二を賃借人とする賃貸借契約書が作成されたが、賃貸借の当初から、被告協会が使用することが当然に予定され、実際にも使用しており、昭和六〇年一〇月以降は、被告協会名にて賃料の振込送金もなされるようになったが、原告両名がこれらに格別の異議を唱えた形跡はない。昭和六一年六月一七日の合意更新による賃貸借契約書作成時においては、賃借人名義を使用実体に合わせて被告協会とすることも検討されたが、敷金が金澤個人名義にて差し入れられていたため、金澤は当時外国に居て長期間日本を留守にしており、その名義変更をするための金澤の明示の承諾を得ることもできなかったので、そのまま金澤名義にて再び賃貸借契約書が作成された。しかし当事者双方は、被告協会を実際の賃借人と認識していた。

右認定事実によれば、その名義にもかかわらず、被告協会が当初から本件一の建物を賃借していたと認めるのが相当である。

三被告協会の善管注意義務違反等

証拠(<書証番号略>、被告会社代表者)によれば、本件火災に至る経過とその原因は第一項記載のとおりであった。そして被告協会の構成員数名も被告代表者らと共に、本件火災の原因となった作業に従事していた。換気のよくない室内において、石油ストーブを燃焼させる傍らで、大量の引火性の高い揮発性の接着剤を施用すれば、火災が発生する危険があることは、通常予見し得るところであるが、被告協会の履行補助者というべき構成員らは、格別の予防措置を講ずることもなく、漫然と本件工事のための作業を続け、それがために本件火災発生に至ったのであった。

右認定事実によれば、被告協会は本件一の建物賃借人としての善管注意義務を怠り、そのために本件一の建物が焼失したのである。また、本件二の建物は本件一の建物の東側に五〇センチメートルの距離で接しているが(<書証番号略>)、そうだとすると本件一の建物に火災が発生すれば、本件二の建物も延焼することも通常予見し得るから、本件二の建物に延焼したことによる損害も被告協会の善管注意義務違反という債務不履行と相当因果関係の認められる範囲内の損害にあたるということができ、結局被告協会は本件一及び二の両方の建物の火災による損害につき、債務不履行による賠償責任を負担する。

四基礎及び解体工事に関する損害

1  証拠(<書証番号略>、証人宮澤、証人柿沼)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。

本件火災により建物の基礎そのものは焼失していないが、火力によりその強度は失われ、もはや建物の基礎としては使用できないから(<書証番号略>、証人宮澤)、基礎についての損害も本件火災による損害ということができる。又本件火災による残骸を片づけなければならないことも当然であるから、それに要する費用も本件火災による損害である。しかも基礎工事費用及び解体工事費用は、原告が本件一の建物について大東京火災海上保険株式会社との間で締結していた火災保険契約の対象からは除外されていたから(<書証番号略>)、原告がその火災保険金を受領したからといって、それら費用に関する損害賠償請求権を失ったとは解せられない。したがって原告両名は被告両名に対して、基礎及び解体工事に関する損害の賠償を請求することができる。

2  本件一の建物は、軽量鉄骨造りモルタル塗りの簡易耐火建築物であって、昭和四七年八月に新築されたから、本件火災当時は建築後約一六年を経過していた(<書証番号略>)。とすると本件一の建物の本件火災当時の残存価額は、本件一の建物が昭和五一年と同五四年に増築されたこと(<書証番号略>)を考慮に入れても、全体として新築価額の六〇パーセント程度であると推認できる。本件一の建物の基礎工事を新たに行うとした場合の費用は金五五〇万四六〇〇円であると認められるが(<書証番号略>)、基礎も建物の一部であるから建物本体と同様に経年損耗による減価を施さなければならず、その残存価額は六〇パーセント相当額である金三三〇万二七六〇円と認める。解体工事に要する費用は金三八九万七〇〇〇円であると認められるが(<書証番号略>)、その全額が損害額である。とすると原告両名は被告両名に対して、基礎及び解体工事に関する損害として合計金七一九万九七六〇円の賠償を求めることができる(なお原告両名が二つの火災保険会社から受領した火災保険金は、合計金二七八〇万八六〇〇円であって、その額は基礎を除く建物の新築価額の八〇パーセント相当額であった(<書証番号略>、証人柿沼)から、焼失家屋の残存価額よりも多い額の保険金を受領していることとなるけれども、この点は右認定を左右しない)。

そして、原告両名は当初から、賃借人金澤名義で敷金九六万円を受領していたのであるから、本件一の建物が焼失したことにより、右賃貸借契約は履行不能となって終了し、右敷金は当然に被告協会の原告両名に対する債務不履行に基づく損害賠償債務に充当されたこととなるから、被告協会の原告両名に対する残債務は合計金六二三万九七六〇円となる。

五得べかりし賃料(逸失利益)

物の滅失により被害を受けた者が賠償を求めることができる損害の金額は、その物の交換価値である。使用収益価値は交換価値に含まれるから、物の交換価値はその使用収益価値によって定まるのが通常であり、交換価値の賠償によって使用収益価値も償われているから、物の滅失による被害者は、特別の事情のないかぎりは、物の交換価値とは別にその使用収益価値の賠償を求めることはできないのを原則とする。得べかりし賃料はまさにこの使用収益価値を具現したものであって、本件一及び二の建物(基礎を除く。)の交換価値について既に保険金が支払われている以上、原告両名はこれに関する損害賠償請求権を喪失しており、したがってまたそれに内包される逸失利益も同様に損害として請求できないものといわなければならない。もっとも本件火災がなければ、原告両名は再築期間中も賃料を取得できたはずであることは否定できないから、このように解するときは一見被害者に酷であるかの如くである。しかし本件火災により焼失しなかったとしても、いずれ耐用年数が尽きたときには再築しなければならず、そのときは再築期間中はやはり賃料は取得できないのであって、結局早いか遅いかの相違に過ぎないから、このように解しても実際上も不都合はない。

第四結論

以上の次第で、本件一、二の建物共有者であった原告両名は、被告協会に対して、債務不履行に基づき不可分債権として合計金六二三万九七六〇円の損害賠償請求権を有し、また被告トラストに対して、不法行為に基づき、原告両名の持分割合(七対三)に応じた分割債権としての損害賠償請求権を有するから、原告両名の請求はその限度で理由がある(被告らに対する両請求権はその性質上不真正連帯関係に立つものである。)。

(裁判長裁判官髙木新二郎 裁判官佐藤陽一 裁判官釜井裕子)

別紙物件目録<省略>

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